さて、前回の「人生は思い出作り①」では、ぜひともその思い出にたくさんの「屈託ない笑顔」を映してほしいと書きました。

その「思い出」とは、言い換えると「記憶」です。

 

誰しも嫌な思い出や思い出したくない記憶の一つや二つあると思いますが、あえて自ら人に知られたくない、思い出したら心が暗くなる思い出作りをする人がいるんですね。

『盗む』という行為は、卑劣で救いようがないと私は考えます。もちろんほとんどの読者も同じだと思います。

私は、子どもができてからもしばらくアナウンサー業をしておりましたが、3歳になるころにきっぱりやめて子どものお友達ママから頼まれてお教室を始めました。最初は名前も付けていなかったのですが「パズルのように楽しくお勉強をしてほしい」という思いから『パズルクラブ』と名付けました。

子どものお友達が集まる教室を月に一回運営しながら、子どもを通わせていたP幼児教室から「Pで講師をしてくれませんか」とお声をかけていただき、しばらく講師として仕事をしておりましたが、考え方の相違がありそちらを退職して今はパズルクラブのみでご指導させていただいています。

その退職にあたり、私は一切こちらからPの生徒にパズルクラブへ誘導したり宣伝したりしていません。どちらかというと、知られないように、気を付けていたくらいです。

 

しかし世の中には愚かしいことに、退職にあたり目の前の生徒を盗りたい人も中にはいるんですね。嘆きの声しか出ません。ただ一瞬収入が増えてうれしいかもしれませんが。

 

「人生は思い出作り」、そのような行為をした思い出はきっとその方自身を幸せに導いてはくれないでしょう。

 

私はこんな風に考えます。

死の淵から生還した人が口をそろえてよくおっしゃるのは、これまでの人生を走馬灯のように見せられて、すっかり忘れていたことを思い出したということ。

人は死ぬ間際に、すべての脳細胞が最後に特別な電気信号を送り、それによってこれまでの人生を振り返ることができるのではないかと想像します。

そして、人の道に反することをしてきた人は、それを思い出さされ反省と苦悩に苛まれて、それがいわゆる地獄と感じるのではないか。

また人生の中で、感謝の言葉や心からの笑顔をたくさんもらってきた人は、自分の自叙伝ドラマを見せられた時、幸せに満ち足りた気持ちになり天国・極楽と感じるのではないかと思っています。

自叙伝ドラマの監督は、自分自身です。

今日からあなたは、どのような自叙伝ドラマを紡いでいきますか。