知育ってなんでしょうか。

それは、物事を学ばせ、知能を高めさせるための教育法の一つです。

つまり、知育教育を受けて育った子どもは

「多くのものを知り、自分で物事を考え、発想・創造できる能力を持っている」ように育っていなければいけません。

お子様に「出来るだけの教育を受けさせたい」と思う親御様も多いと思います。

また、パズルクラブのドアを叩いてこられるのは、「うちの子を頭のいい子にしてほしい」と願って来られていると感じています。

ところで、知育教育と早期教育とは全く別のものです。

1年たてばわかるような事を、段階を経ないで無理やり詰め込み式でしているのが早期教育です。

ともすれば、そのような方法のほうがお子様が急速に賢くなったように見えるかもしれません。

だって問題の解決方法を教えてもらって知っているんだもの。解けますよ。

しかしパズルクラブでは、「その問題を解決させるには、どう考えるのが良いのか」思考の道筋を生徒と講師が一緒に考えたりします。ヒントは出しますが、「解き方の公式」は最初から与えるような事はしません。そして思考の手順のようなものを手に入れてくれたあとに「上手くやる方法」を教えたり確認したりしています。

どうしてそんな手間のかかることをするのか。

なぜなら、その時期時期に経験しておかなければならない事を十分経験させ、学ぶ喜びや考える楽しさを味わうことによって思考力は成長していくからです。

詰め込み式ですと、指導する方は簡単で手間がかからない(だって、「これはこう解くよ、覚えてねー」でいいのですから)のですが、理解させ納得させるというステップを踏ませる事が、つまり「知育」することが大切だと思うから詰め込み式はいたしません。

詰め込めば学力は、ある意味いつでも伸ばせるんです。

でも、知能を伸ばせるのは、脳の発達が目覚しい0歳から6歳ごろまでにいかに思考してきたかで違ってくるのです。

そして同じ時期に、心の発達もうながさねばなりません。

「他人より自分」という自己中心的な考え方に終始するのではなく、自分や他人の感情を理解し自分の思いを上手にコントロールできるようになってほしいものです。

ちなみに、人はみな生まれた時は『自己中心的』であるように作られています。

赤ちゃんは、「おなかすいたな~。ミルクの見たいな~。でも、ママ忙しそうだから泣くの我慢しよっと。」なんて考えていたら餓死して死んでしまいます。生まれた時は自己中心的で良いのです。それから成長するにしたがって他人のことを考え、社会全体の中の自分を認識できるようになって、和を考えるようになります。

多くのものを知り、「考えられる人」になってほしい。

そういう願いを込めて、阪急芦屋川駅北側に教室を引っ越した時から、

教室名は 『英才学考 パズルクラブ』としています。

みなさん、お気づきでしたか?

「知ってる」だけで終わらせないで「考えよう」ね。