ブラックホールに吸い込まれたものは、どうなるの?
実はこの「小学生でもわかる疑問」が、
物理学最大の謎のひとつだったんです。

「情報は消えない」って、どういうこと?

たとえば、手紙を燃やしたとします。

灰になった手紙は読めません。
でも物理学的には、灰の分子をひとつひとつ調べれば、もとの手紙に何が書いてあったかわかるはずです。

これを「情報は消えない」と言います。量子力学の基本ルールのひとつです。

📄 Evidence
量子力学の「ユニタリー性(Unitarity)」と呼ばれる原理。すべての物理過程は時間的に可逆であり、情報は消滅しないことを数学的に保証する。これはシュレーディンガー方程式から導かれる根本的な性質であり、量子力学の標準的な教科書(Sakurai, J.J. Modern Quantum Mechanics, 1985)でも明記されている。

ブラックホールって何?

ものすごく重くて、光さえも吸い込んでしまう宇宙の天体です。

一度入ったら何も出てこられない——ずっとそう思われていました。

📄 Evidence
ブラックホールの存在は、2019年にイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)が世界初の直接撮影に成功し、観測的に確認された(Event Horizon Telescope Collaboration, The Astrophysical Journal Letters, 875, L1, 2019)。対象はM87銀河中心のブラックホール(質量:太陽の約65億倍)。

ホーキング博士の「まさか」の発見

1974年、スティーヴン・ホーキング博士が驚くことを言いました。

「ブラックホールは、少しずつ熱と光を出して、最終的には消えてなくなる」

これが「ホーキング放射」と呼ばれる発見です。

📄 Evidence
Hawking, S.W.「Black hole explosions?」Nature, 248, 30–31(1974)。ブラックホールの地平線付近での量子効果により、熱的な粒子放射が生じることを理論的に導いた。この放射温度はT = ℏc³/(8πGMkB)で表される(ホーキング温度)。

で、何が問題なの?

ホーキング放射は「ただの熱」です。
どんな物質が吸い込まれたかに関わらず、同じような熱が出てきます。

📖 手紙をブラックホールに投げ込む
🌀 ブラックホールがゆっくり蒸発する
🌡️ 残るのは「ただの熱」だけ
❓ 手紙に書いてあった情報は…どこへ?

「情報は消えない」という量子力学のルールと、真っ向からぶつかります。

これが「ブラックホール情報パラドックス」です。

📄 Evidence
Hawking, S.W.「Breakdown of predictability in gravitational collapse」Physical Review D, 14, 2460(1976)。この論文でホーキング博士は、ブラックホール蒸発によって量子力学的なユニタリー性が破られる可能性を本格的に論じた。物理学コミュニティに「情報パラドックス」を突きつけた記念碑的論文。

ホーキング博士の「賭け」と、まさかの敗北

1997年、ホーキング博士とキップ・ソーン博士は、
カリフォルニア工科大学のジョン・プレスキル博士と賭けをしました。

😤 ホーキング&ソーン博士

「情報は消える!
ブラックホールが蒸発したら、情報は永遠に失われる」

🙂 プレスキル博士

「情報は消えない!
量子力学のルールは絶対に破れない」

そして2004年、ホーキング博士は敗北を認めました。

賞品として、プレスキル博士に野球の百科事典⚾を贈りました。

(ホーキング博士は「情報は灰から取り出せるように、ブラックホールからも取り出せる。ただし使い物にならないかもしれないが」とコメントしています)

📄 Evidence
Hawking, S.W.「Information loss in black holes」Physical Review D, 72, 084013(2005)。2004年のダブリン国際相対論会議での発表をもとにした論文。AdS/CFT対応の知見をもとに、ブラックホール蒸発においても情報は保存されるとの立場に転換した。賭けの景品の贈呈はこの会議にて公式に行われた。

じゃあ、情報はどこに隠れてるの?

世界中の物理学者が今も研究中です。現在有力な考え方は——

💡 ホーキング放射に「こっそり情報が混じっている」

一見ランダムに見える熱放射でも、量子的なもつれによって情報が微妙にエンコードされているのかもしれない、という考え方です。

📄 Evidence
Almheiri, A., Mahajan, R., Maldacena, J., & Zhao, Y.「The Page curve of Hawking radiation from semiclassical geometry」Journal of High Energy Physics, 2020, 149(2019)。「島公式(Island Formula)」と呼ばれる手法により、ブラックホール蒸発の情報量の時間変化(ページ曲線)をユニタリー性と整合する形で導出することに成功。情報パラドックス解決の大きな一歩として注目されている。

📌 まとめ

  • 量子力学は「情報は消えない」と言っている
  • ホーキング博士はブラックホールが熱を出して蒸発すると発見した
  • その熱には情報がないように見え、矛盾が生まれた
  • ホーキング博士自身も2004年に「情報は消えない」派に転向した
  • でも「では情報はどこに?」は、まだ完全には解決していない
参考文献
・Hawking, S.W. (1974). Black hole explosions? Nature, 248, 30–31.
・Hawking, S.W. (1976). Breakdown of predictability in gravitational collapse. Physical Review D, 14, 2460.
・Hawking, S.W. (2005). Information loss in black holes. Physical Review D, 72, 084013.
・Event Horizon Telescope Collaboration (2019). First M87 Event Horizon Telescope Results. The Astrophysical Journal Letters, 875, L1.
・Almheiri et al. (2020). The Page curve of Hawking radiation from semiclassical geometry. JHEP, 149.
・Sakurai, J.J. (1985). Modern Quantum Mechanics. Benjamin/Cummings.